
何年も使っていない時計。昔の恋人からもらった小物。学生時代のノート。旅行先で買った、少し傷のついたお土産。
今の生活には必要ない。収納場所も取っている。
それでも、捨てようとすると手が止まります。
なぜ、使わない物ほど、捨てるのが難しいのでしょうか。
物は、記憶を呼び出す入り口になる
思い出の品を見た瞬間、過去の場面が急によみがえることがあります。
そのときの部屋の匂い。一緒にいた人の声。当時の自分が考えていたこと。
物は、過去をそのまま保存しているわけではありません。けれど、記憶を呼び出すきっかけにはなります。写真を見て、忘れていた出来事を思い出すのと同じです。
だから捨てるとき、私たちは物を手放すだけでなく、「あの頃の自分とのつながり」まで切るような気持ちになります。
新品の時計と、毎朝つけていた時計は、何が違うのか
お店に並んでいる新品の時計と、毎朝つけていた古い時計。形は同じでも、手に取ったときの感じはまったく違いますよね。
新品の時計は、時間を知るための道具です。でも毎朝つけていた時計は、通勤の道や、そのころ会っていた人まで思い出させます。
物の意味は、物そのものではなく、使われた時間や関わった人から生まれる。そう考えたのが、20世紀のドイツの哲学者、マルティン・ハイデガーです。
ハイデガーは、たとえば金づちを、鉄と木のかたまりとは見ませんでした。釘を打つ作業の中で使われて、はじめて金づちは「金づち」になる。道具は、使われる中で、私たちの生活の一部になっていく、という考え方です。
ハイデガーの考え方を借りると、思い出の品も説明しやすくなります。古い時計は、時間を知る道具としての役目を終えても、「あの頃の自分」や「あの人との関係」を思い出させる物として、別の意味を持ち続けるのです。
少し難しく聞こえるかもしれませんが、要するに、物の価値は「今、役に立つか」だけでは決まらない、ということです。
捨てられないのは、過去にしがみついているから?
思い出の品を捨てられないと、「過去に執着している」と言われることがあります。でも、必ずしもそうとは限りません。
昔の手紙を読むのは、過去に戻りたいからではなく、「あの頃の自分も、確かに自分だった」と確認したいからかもしれません。
ただ、思い出があるからといって、全部を残す必要はありません。物に囲まれて、今の生活がきゅうくつになることもあります。かといって、収納に困っていないなら、無理に捨てなくても大丈夫です。
大切なのは、残すか捨てるかを、「使うか、使わないか」だけで決めないことです。
思い出の品と、うまくつきあう方法
方法は一つではありません。合いそうなものを選んでみてください。
- 自分に聞いてみる。 「なくなると、何を失う気がするか」「持ち続けたいのか、持ち続けて苦しくなっているのか」と、問いかけてみます。
- 別の形で残す。 写真を一枚撮る、短い言葉で思い出を書く、誰かにその頃の話をする。物から記憶を取り出して、別の形で持っておけます。
- 「思い出ボックス」を一つ決める。 箱に入る分だけ残して、あふれた分を手放します。
- 重要でなければ、悩まないと決める。 写真を見れば十分な物や、思い出がうすい物は、深く悩まずに手放すと決めてしまいます。迷う時間が減るだけで、気持ちは軽くなります。
捨てることは、過去を否定することではありません。「あの頃は大事だった。ありがとう」と、自分の気持ちに区切りをつけることでもあります。
あなたがいま手放せずにいるのは、その物でしょうか。それとも、その物がつないでいる時間でしょうか。
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