友達に「大丈夫?」と聞くと、「うん、大丈夫」と返ってくる。
でも、なんとなく様子がおかしい。声が小さい。目を合わせない。返信もいつもより短い。LINEで「大丈夫」とだけ届くと、顔も声もない分、よけいに中身が分かりません。
一方、仕事でミスをして上司に「大丈夫?」と聞かれたときは、自分も「大丈夫です」と答えます。本当は、かなり焦っているのに。
同じ「大丈夫」という言葉なのに、中身はまったく違う。
なぜ、言葉だけでは、気持ちが分からないのでしょうか。
同じ「大丈夫」でも、意味が変わるとき
- 笑いながら「大丈夫」と言えば、「本当に問題ないよ」
- 少し黙ってから「……大丈夫」と言えば、「今は、これ以上聞かないで」
- 疲れた顔で「大丈夫」と言えば、「大丈夫じゃないけど、心配させたくない」
- お店で「袋はいりますか?」と聞かれて「大丈夫です」と言えば、「いりません」
- 病院で「この薬を飲んでも大丈夫ですか?」と聞けば、安全かどうかの質問
恋人の「別に怒ってないよ」も同じです。言葉そのものより、声のトーンや、その前に何があったかで、受け取り方が変わります。
辞書を引けば、意味はだいたい分かります。でも、実際の会話では、辞書だけでは足りません。
誰が、誰に、どんな場面で言うか。それによって、同じ言葉の働きが変わるのです。
言葉の意味は、使われ方の中にある
この不思議を、「言葉の意味は、使われ方の中にある」と考えて整理した哲学者がいます。20世紀の哲学者、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインです。
ウィトゲンシュタインは、言葉の使い方を「ゲーム」にたとえました。将棋やサッカーに、それぞれのルールがあるように、言葉にも、場面ごとのルールがあります。ゲームのルールを知らないと、何をしていいのか分からないように、その場のルールを知らないと、言葉の働きも読み取れません。
- 命令する
- 質問する
- お願いする
- 冗談を言う
- お礼を言う
どれも、場面ごとに言葉の働きが違います。「大丈夫?」も、心配する質問のときもあれば、様子をうかがう合図のときもあります。この考え方を、「言語ゲーム」と呼びます。
少し難しく聞こえるかもしれませんが、要するに、言葉の意味は辞書の中だけにあるのではなく、「その場で、何をするために使われているか」にもある、ということです。
ウィトゲンシュタインの考え方を借りると、「大丈夫」は、「問題がない」と伝える言葉であると同時に、「これ以上は聞かないで」や「心配しないで」と伝える合図にもなります。お店で言う「大丈夫です」が「いりません」になるのも、同じ仕組みです。同じ言葉でも、そのときの働きが違うのです。
辞書の意味が、無駄なわけではない
もちろん、辞書の意味が役に立たない、という話ではありません。「大丈夫」には、「問題がない」という基本の意味があって、それがあるから、私たちは会話ができます。
ウィトゲンシュタインの考え方は、すれ違いが起きたときに、「どうして伝わらなかったのだろう」と考えるための、一つの見方です。
それに、相手の言葉を全部深読みすると、今度は自分が疲れてしまいます。「あの『いいよ』には、何か裏があるのでは」と、毎回考えていたら、会話が楽しめなくなります。
言葉のすれ違いと、うまくつきあう方法
方法は一つではありません。合いそうなものを選んでみてください。
- 言葉だけで判断しない。 表情、声、直前の会話も、あわせて見ます。いつもより返信が短い、というだけでも、手がかりになります。
- 「つまり、こういう意味?」と聞く。 自分の解釈だけで、決めてしまわないようにします。「本当に大丈夫? 無理してない?」と、もう一度だけ聞いてみるのも一つです。
- 自分と相手では、使い方が違うかもしれないと考える。 同じ「大丈夫」でも、人によって重さが違います。気軽に使う人もいれば、本当に限界のときだけ使う人もいます。
- 重要でなければ、深読みしないと決める。 ちょっとした言い回しまで、意味を探さなくていいのです。気になる相手の「大丈夫」だけ、確かめれば十分です。
「大丈夫」も「ありがとう」も「いいよ」も、場面によって少しずつ働きが違います。
大切なのは、辞書の意味を当てることより、その言葉がいま、この場で何をしているのかを見ることです。
相手の「大丈夫」を、答えではなく、会話の入り口として受け取ってみる。そこから、本当の話が始まることもあります。
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