小説の主人公が夢を諦める場面で、自分まで悔しくなる。ドラマの登場人物が失敗したとき、胸が痛くなる。
- 作り話の人物なのに、まるで自分のことのように、気持ちが動く
- 会ったこともない人の物語で、思わず涙が出る
- 友だちの悩みより、映画の主人公の悩みのほうが、よく分かる気がする
一方で、身近な人が悩みを話しているときは、「考えすぎじゃない?」「こうすればいいのに」と、つい簡単に答えを出したくなります。
なぜ、物語の登場人物には寄り添えるのに、身近な人の気持ちは分かりにくいのでしょうか。
物語では、事情が少しずつ見えてくる
仕事で失敗した人物が出てくる小説を、想像してみてください。
- 失敗を恐れていた
- 周りの期待に、応えようとしていた
- 相談できる相手が、いなかった
物語では、こうした事情が、少しずつ描かれます。読者は、行動だけでなく、そこに至るまでの背景まで知ります。心の中のつぶやきまで、文章で見せてくれます。すると、最初は理解できなかった行動にも、「そうするしかなかったのかも」と思えてきます。たとえば、無口で冷たく見える人物も、人づきあいが怖くなった過去が明かされると、見え方が変わります。
現実の人は、説明してくれない
現実の相手について、私たちが知っていることは、限られています。
同僚の返事がそっけなかったとき、見えているのは、その短い返事だけ。仕事で嫌なことがあったのかもしれないし、寝不足なのかもしれません。でも、相手の頭の中のつぶやきは、聞こえません。
事情が分からないと、人は、自分の知っている範囲で、相手を判断しがちです。「感じが悪い人だ」「やる気がないのかな」と、短い情報だけで、結論を出してしまいます。友だちが約束の時間に遅れてきたときも同じです。見えているのは「遅れた」という事実だけで、前の日にほとんど眠れていなかったことや、道で困っている人を助けていたことは、見えません。
つまり、物語では事情が見えるから、寄り添えるのです。現実では見えないから、つい簡単に決めつけてしまう。違いは、その人の優しさではなく、事情を知っているかどうかです。
物語は、想像する練習になる
物語を読んでいるとき、私たちは、自分とは違う立場の人の事情を、頭の中でたどっています。この力を、他人の気持ちを想像する力として大切にしたのが、現代のアメリカの哲学者、マーサ・ヌスバウムです。
少し難しく聞こえるかもしれませんが、要するに、物語は、他人の事情を想像する練習の場になる、ということです。
ヌスバウムの考え方を借りると、小説の人物に寄り添えるのは、事情をたっぷり知れるからです。身近な人にも、事情を知ろうとする姿勢があれば、少し近づけるといえます。いつも急いでいる同僚にも、見えないところで、家族の看病をしているなどの事情があるかもしれません。
物語を読めば、誰にでも優しくなれる?
ただし、ここはヌスバウムの考え方を、日常にかなり簡単に借りた話です。物語を読めば誰にでも優しくなれるわけではなく、想像したことが、相手の本当の気持ちと同じとも限りません。だから想像は、決めつけるためではなく、決めつけないために使います。
他人の事情と、うまくつきあう方法
方法は一つではありません。合いそうなものを選んでみてください。
- 行動だけで決めつけない。 そっけない返事に「感じが悪い人だ」と結論を出す前に、「忙しいのかも」「疲れているのかも」と、ほかの理由も考えてみます。
- すぐに答えを出さない。 悩みを聞くときは、解決策より先に、「それは大変だったね」と受け止めます。「どうしたらいい?」と聞かれてから、答えを考えても遅くありません。
- 自分と違う立場の物語に触れる。 年齢や環境が違う人物の小説やドラマを選ぶと、普段は想像しにくい事情に出会えます。ふだん読まないジャンルでも構いません。
- 余裕がなければ、無理に想像しないと決める。 疲れているときまで、相手の事情を探らなくて大丈夫です。想像が必要な場面では、決めつけずに、本人に聞いてみます。
他人の気持ちを、完全に理解することはできません。それでも、「自分の知らない事情が、この人にもあるかもしれない」と考えるだけで、接し方は変わります。次に誰かの言動が理解できないとき、その人の人生が一冊の本だとしたら、今、自分が見ているのは、何ページ目なのでしょうか。
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