
休日の予定が空いていると、少し不安になる。
朝はゆっくりできるはずなのに、掃除、買い物、勉強、運動、友人との予定を入れてしまう。
予定が埋まると安心する一方で、休みが終わるころには、なぜか疲れている。
本当は自由な時間が欲しかったはずなのに、なぜ私たちは、何もない時間を埋めたくなるのでしょうか。
暇は、体ではなく心を落ち着かなくさせる
忙しいときは、「時間がないから仕方ない」と考えられます。しかし予定がないと、自分の気持ちや不安がそのまま見えてきます。
仕事のこと。将来のこと。人間関係のこと。まだ答えの出ていない悩み。
何かをしていれば、そうしたことを考えずに済みます。動画を見る、買い物に行く、予定を入れる。行動している間は、心の中のざわつきから少し離れられるからです。
だから、予定を詰め込むことは、単なる活動好きではありません。自分の内側を見なくて済むようにする方法になっていることがあります。
「何もしない」は、思った以上に難しい
何もしない時間には、目に見える成果がありません。誰かに褒められることもない。終わったタスクも増えない。SNSに載せる材料にもなりにくい。
すると、「この時間に意味はあるのか」と考えてしまいます。
休んでいるだけなのに、時間を無駄にしているように感じる。そんな感覚があると、空白はすぐに予定で埋めたくなります。
ピーパーが見た「休みまで仕事にしてしまう社会」
ドイツの哲学者ヨーゼフ・ピーパーは、こうした落ち着かなさを、個人の性格ではなく社会全体の問題として考えました。
ピーパーは、現代社会を「全面的な労働の世界」と呼びました。休むことさえ、「次の仕事のための準備」「回復のための手段」としてしか意味を持てなくなっている社会、という意味です。
本来の意味での余暇(レジャー)は、何かのための手段ではありません。それ自体として世界を眺め、味わうための時間だと、ピーパーは考えました。
要するに、暇な時間ほど私たちが落ち着かなくなるのは、「何もしないことには価値がない」という考え方そのものが、すでに社会に染み込んでいるからなのです。
予定を減らすより、「空白の目的」を変える
予定を全部なくす必要はありません。大切なのは、空白の時間を「何かを達成できなかった時間」と見なさないことです。
たとえば休日の2時間を、
- 何も決めずに散歩する
- 窓の外を眺めながら飲み物を飲む
- 音楽を一枚だけ聴く
- 考えを整理するために、短くメモする
と決めておく。
これは、予定を詰め込むこととは違います。空白を、空白のまま放置するのではなく、自分を急かさない時間として選ぶということです。
忙しさで、自分の価値を証明しなくていい
予定が多いと、「ちゃんと生きている」感覚を得やすくなります。けれど、忙しさは必ずしも充実と同じではありません。何かをしている自分だけが価値を持つわけでもありません。
何も起きていない時間に、自分が何を考え、何を感じるのか。それを知ることも、自分の生活をつくる一部です。
次に予定を入れたくなったとき、考えてみてください。
私は本当にやりたいことを選んでいるのか、それとも、何もない時間から逃げようとしているのか?
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