
待ち合わせまで、あと10分。やることは何もありません。なのに、なぜか落ち着かなくて、気づけばスマホを開いている。
ニュースを見て、動画を見て、意味もなくスクロールする。何かをしていたはずなのに、あとで何を見たのか思い出せない。そんな経験はないでしょうか。
「じっと座っているだけ」が、なぜこんなに苦痛なのか
ある実験で、こんなことが分かりました。参加者に、何もせず一人でじっと座っているだけの時間を過ごしてもらったところ、多くの人がそれを苦痛に感じ、自分に軽い電気ショックを与えるボタンを押してしまったのです。しかも、そのショックは実験の前に「お金を払ってでも避けたい」と言っていたものでした。
なぜ、ただ座っているだけのことが、そこまでつらいのでしょうか。やることがないと、意識は自然と自分の内側に向かい、不安や気がかりなことが浮かんできてしまうからだと考えられています。
つまり私たちが苦手なのは、「暇」そのものではなく、暇なときに浮かんでくる自分の考えのほうなのかもしれません。スマホを手に取るのも、暇を埋めるためというより、その「浮かんでくるもの」を避けるためなのかもしれません。
パスカルが考えた「気晴らし」
この現象を考えた哲学者が、17世紀フランスのブレーズ・パスカルです。彼はそれを「気晴らし」と呼びました。
パスカルは『パンセ』で、人間の不幸は、部屋で静かに休んでいられないことから生まれると考えました。静かに一人でいると、人は自分の弱さや不安、いつか死ぬことといった、目をそらしたいことに向き合ってしまうからです。
たとえば狩りについて、パスカルはこう見ました。人が求めているのは獲物そのものではなく、狩りに夢中になっている時間だ、と。獲物を手に入れても不安からは守ってくれませんが、狩りをしている間は、それを考えずに済むのです。
パスカルは、気晴らしを笑い飛ばしたわけではありません。人が忙しさを求めるのは、それだけ静けさが耐えがたいからだと見抜いていました。一方で、気晴らしは不安を忘れさせてくれる代わりに、自分と向き合う機会も奪うと警戒していました。
スマホは現代の「気晴らし」なのか
スマホはパスカルの時代にはなかった道具ですが、役割には似たところがあります。次々に刺激をくれて、考えなくても時間が進む。見終わったあとに心が満たされるとは限らないのに次を開いてしまうのは、楽しみたいからだけでなく、静けさを避けたいからかもしれません。
もちろん、休憩中に動画を見るのが悪いわけではありません。問題は、休みたくて見ているのか、考えたくなくて見ているのか、自分でも分からなくなっていることです。
何もしない時間は、空白ではありません。 普段は聞こえにくい自分の考えが、少し大きく聞こえる時間です。
まずは1分だけ、埋めない
次に「暇だからスマホを見よう」と思ったら、すぐに開かず、1分だけそのままにしてみてください。
退屈が消えるとは限りませんし、落ち着かない感覚や、気になっていたことが浮かぶかもしれません。それでも、何が出てくるかを眺めてみると、自分が何を気にしているのかに気づくきっかけになります。つらくなるようなら、無理せずスマホを開いて大丈夫です。
あなたがスマホで埋めているのは、退屈だけでしょうか。それとも、静かな時間に浮かんでくる何かでしょうか。
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