
「人気店に長い行列ができていると、急に気になる」
「誰もいない店より、何人か並んでいる店のほうが安心する」
そんな経験はありませんか?
もちろん、本当に評判が良い場合もあります。けれど私たちは、ときに行列そのものを見て、その対象に価値を感じ始めます。
行列は「人気の証拠」に見える
行列を見たとき、私たちは無意識にこう考えます。
- 多くの人が選んでいる
- きっと良いものに違いない
- 自分だけ知らないのは不安だ
- 並ぶ価値があるのかもしれない
これは、社会的証明と呼ばれる心理で説明できます。
自分では商品の味やサービスの質を確かめられないとき、人は他人の行動を判断材料にします。特に、判断に迷っているときや情報が少ないときほど、「みんなが選んでいる」という事実は強く働きます。
つまり行列は、単なる人の集まりではありません。私たちには、そこに「人気」「安心」「正解らしさ」といった意味が見えているのです。
でも、欲望は自分の内側だけで生まれない
ここで参考になるのが、フランスの思想家ルネ・ジラールが考えた模倣欲望という考え方です。
ジラールは、人の欲望は対象と自分だけで完結するものではなく、そこに第三者が関わると考えました。
欲しがっている「私」。欲しがられている「対象」、たとえば店や商品。そして、すでにそれを欲しがっている「他者」。この3つが関わりあうことで、欲望は生まれる、とジラールは考えました。
私たちは、対象そのものの魅力だけでなく、他者が欲しがっている姿を見て、その対象を欲しくなることがあります。
たとえば、誰もいない店に置かれた商品は、ただの商品に見えるかもしれません。ところが、何人もの人が並んでいると、「あれには何か特別な価値があるのではないか」と感じ始める。
このとき、他者は単なる客ではありません。「これを欲しがればいいんだ」と、欲しがり方を私たちに教えてくれるお手本のような存在になっています。
行列は、価値を生むのではなく、価値を見つけさせる
ここで注意したいのは、行列があるからといって、本当に自分に必要なものとは限らないことです。
人は、他者の選択を参考にできます。けれど、参考にすることと、他者の欲望をそのまま借りることは違います。
行列に並んでいるうちに、
「せっかく並んだのだから、良いものだと思いたい」
「みんなが欲しがっているなら、自分も欲しいはずだ」
と考えてしまうこともあります。すると、最初はそれほど欲しくなかったものに、あとから理由をつけるようになります。
行列は、商品の価値を客観的に証明しているわけではありません。むしろ、他者の行動を通して、自分の中に価値の感覚を生み出しているのです。
哲学が問いかける「自分の欲望」
哲学の面白さは、「並ぶべきか、並ばないべきか」を決めることではありません。その前に、自分の欲望は本当に自分のものなのかと問いかけるところにあります。
他人の行動は、私たちに多くの情報を与えてくれます。人気店を知るきっかけにもなりますし、失敗を避ける助けにもなります。ただし、周囲の評価に引っ張られすぎると、「自分が欲しいもの」ではなく「欲しがるべきもの」を追いかけることになります。
行列に並ぶこと自体が悪いのではありません。大切なのは、並ぶ前に一度だけ、自分の感覚を確かめることです。
次に行列を見かけたら、こう考えてみてください。
私はその商品が欲しいのか、それとも、みんなが欲しがっているから欲しくなったのか?
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