「経験が大事」とよく言います。一度経験すれば、次はうまくできる気がします。
ところが、何年も仕事をしているのに、同じようなミスをする。何度も人間関係で悩んできたのに、似たようなことで傷つく。
経験は増えているはずなのに、なぜ、同じことを繰り返してしまうのでしょうか。
失敗しても、数か月後には元どおり
プレゼンで失敗したとします。準備不足だった。説明が長すぎた。質問にうまく答えられなかった。
終わった直後は、「次は気をつけよう」と思います。でも数か月後、また準備がギリギリになっている。
「自分は経験から何も学べない」と考えたくなります。けれど、「経験したこと」と「経験から学んだこと」は、同じではありません。
同じ料理を10回作っても、味見をして塩加減を変えなければ、味は変わりません。経験も、これと似ています。
経験は、振り返ってはじめて学びになる
「経験すれば、自然に成長する」とは考えなかった哲学者がいます。20世紀前半のアメリカの哲学者、ジョン・デューイです。
デューイは、経験をとても大切にしました。ただし、経験すれば自動的に成長する、とは考えませんでした。経験を振り返って、その意味を考え、次の行動につなげる。そこまで進んではじめて、経験は学びになる、という考えです。
少し難しく聞こえるかもしれませんが、要するに、「失敗した」だけでは、ただの経験。「なぜ失敗したかを考えて、次の行動を変えた」とき、はじめて学びになる、ということです。
「次は頑張る」だけでは、前回と同じ
「もっと頑張ろう」「次は気をつけよう」だけでは、行動は変わりません。デューイの考え方を借りると、もう一段、具体的に考える必要があります。
プレゼンの失敗なら、こんなふうに進めます。
- 「準備不足だった」で、終わらせない
- 何が足りなかったのかを見る(資料を作り始めるのが遅かった)
- なぜ遅れたのかを見る(前日にまとめようとしていた)
- 次の行動を決める(次回は3日前に、骨子だけ作る)
ここまで決めると、同じ経験でも意味が変わります。
人間関係も同じです。相手の一言に傷ついて、「もう気にしない」と決めたのに、また同じことで落ち込む。「気にしない」だけでは、何も変わっていません。「その言葉を言われる前、自分は何を期待していたか」まで見ると、次に変えられることが見つかります。
反省すれば、何でも解決するわけではない
もちろん、すべての失敗を反省する必要はありません。反省が「自分を責めるだけ」になっているなら、それは学びではなく、ただの疲れです。
人間関係でも、相手のひどい言葉まで、自分の責任にしなくて大丈夫です。変えられるのは、自分の次の動き方だけです。
経験を学びに変える、いくつかの方法
方法は一つではありません。合いそうなものを選んでみてください。
- 次に変えることを、一つだけ決める。 全部を直そうとしなくて大丈夫です。
- 性格のせいにしない。 「どうせ自分は要領が悪い」と考えると、そこで考えが止まります。「どんな状況で起きたか」「何がきっかけだったか」を見てみます。
- 同じことが何度も起きたときだけ、立ち止まる。 毎回、反省会をする必要はありません。
- 重要でなければ、反省しないと決める。 小さな失敗は、「まあ、今回は仕方ない」で終わらせてかまいません。
失敗した回数が多いだけでは、成長の証明にはなりません。でも、一度の失敗から「次はここを変えてみよう」と持ち帰れたなら、その経験は、次の自分の中に残ります。
あなたが最近くり返してしまったことは、次に何を一つ変えると、繰り返さずにすむでしょうか。
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