
旅行先で、せっかくなら新しい店に行こうと思っていたのに、結局いつものチェーン店に入ってしまう。メニューを見なくても注文できる店、勝手が分かっている駅の出口、見慣れた道。私たちはなぜ、知らないものより「いつものもの」を選びやすいのでしょうか。
単に面倒だから、というだけではありません。そこには、不確実性を減らしたいという心の働きがあります。
知らないものには「失敗するかもしれない」がついてくる
新しい店を選ぶとき、私たちは料理の味だけを考えているわけではありません。
「混んでいたらどうしよう」「思ったより高かったら?」「店員さんの雰囲気が合わなかったら?」。実際に起きていないことまで想像し、選択の前に小さな不安を抱えます。
一方、いつもの店には過去の経験があります。味も価格も、だいたい分かっている。完全に満足できなくても、少なくとも大きく外す可能性は低い。
心理学では、こうした傾向を現状維持バイアスと呼びます。人は変化による利益よりも、変化によって失うかもしれないものを大きく感じやすいのです。
新しい店で得られる「少し良いかもしれない体験」より、知らない店で感じる「失敗するかもしれない不安」のほうが、強く意識されることがあります。
では、なぜ人は「慣れていること」に安心するのか
この感覚を哲学の側から読み解く手がかりを与えたのが、ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーです。
ハイデガーは、人間が世界の中で生きるとき、すべてを一から考えているわけではないと説明しました。私たちは普段、道具の使い方や場所の意味をいちいち確認せずに生活しています。
ドアは「開けるもの」、駅の案内板は「進む方向を知るもの」、いつもの店は「安心して食事をする場所」として、すでに意味づけられている。だから、日常はスムーズに進みます。
ところが、初めての場所に行くと、その当たり前が崩れます。どこに座ればよいのか、どう注文すればよいのか、何が普通なのかを、その都度考えなければならない。
慣れた環境が心地よいのは、そこでは自分が世界の中でどう動けばよいかを、いちいち考えなくて済むからです。
「いつもの選択」は、怠けではなく生活の土台
ここで大切なのは、現状維持が悪いわけではないということです。
毎回すべてを比較していたら、生活はすぐに疲れてしまいます。朝食、通勤経路、よく使うサービス。ある程度「いつものもの」を決めておくことで、重要なことに集中できます。
問題は、安心できる選択が必要な場面と、変化を試したほうがよい場面を区別できなくなることです。
本当は困っているのに、「ずっとこうしてきたから」という理由だけで続けているなら、慣れが自分を守るのではなく、選択肢を狭めている可能性があります。
ハイデガーが考えたのは、慣れた日常から完全に抜け出すことではありません。むしろ、普段は見えなくなっている自分の生き方を、ときどき問い直すことでした。
次に「いつものもの」を選びそうになったら
無理に新しいものを選ぶ必要はありません。ただ、こう自分に聞いてみてください。
「私はこれを本当に選んでいるのか。それとも、考えなくて済むから選んでいるのか?」
いつもの選択は、安心を与えてくれます。でもその安心が、自分の意志によるものなのか、不安を避けるためのものなのかで、意味は変わります。
あなたが「いつものもの」に戻っているのは、好きだからでしょうか。それとも、失敗する可能性を考えたくないからでしょうか。
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